大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

岡山地方裁判所倉敷支部 昭和39年(ワ)61号 判決

原告 三宅巖

右訴訟代理人弁護士 裾分正重

被告 岩本研二

右訴訟代理人弁護士 佐々木祿郎

右訴訟復代理人弁護士 横田勉

主文

被告は原告に対し、別紙第一目録記載の土地の上にある、別紙第二目録記載の建物、ブロツク塀、およびトタン板塀を収去して右土地を明渡し、かつ昭和四三年一〇月二七日から右土地明渡済にいたるまで一ケ月金五〇〇〇円の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は全部被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は

「被告は原告に対し、別紙第一目録記載の土地の上にある、別紙第二目録記載の建物、ブロック塀、トタン板塀その他一切の建造物を収去して右土地を明渡し、かつ昭和三七年一月一日から右土地明渡済にいたるまで一ケ月金一万五〇〇〇円の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに、担保を条件とする仮執行の宣言とを求め、その請求原因として

「一、原告は別紙第一目録記載の土地(以下本件土地という)を所有し、被告は右土地上に別紙第二目録記載の建物を所有する。

二、原告は被告に対し、本件土地を一ケ月六〇〇円の約束で賃貸していたのであるが、右地代を何回請求しても支払わないので、昭和三六年一二月三〇日書留内容証明郵便をもつて右土地の賃貸借の解除を通知し、右郵便は昭和三七年一月一日被告に到達した。

したがって同日をもって右賃貸借契約は解除された。

三、かりに内容証明郵便による賃貸借契約解除の効力がないとしても、被告はその後原告に無断で別紙第二物件目録第五、六号の車庫を建て、高さ約二米のブロック塀およびトタン塀塀を築造し、同目録第七号の建物の新築工事をした。

被告は債権者を原告、債務者を被告とする当庁昭和三八年(ヨ)第四七号不動産仮処分事件によって建築の続行禁止等の仮処分決定を受けたにも拘らず、これに違背している。これらの行為は賃借人として最大の背信的行為であり、信義誠実の原則に反する。

よって本訴の昭和四三年一〇月二六日の口頭弁論期日において右事由をもつて本件賃貸借を予備的に解除する。

四、よって原告は被告に対し、本件土地上にある建築物の収去、ならびにその土地明渡および賃貸借終了の日である昭和三七年一月一日から右明渡ずみに至るまで、賃料相当である月額一万五〇〇〇円の割合による遅延損害金の支払を求める。」と述べ、

被告の抗弁に対して

「被告主張の抗弁事実を否認する。かりに被告が弁済供託をしていたとしても供託書を原告に送付していないので、弁済供託自体は無効である。」

と述べた。〈証拠省略〉

被告訴訟代理人は、

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決ならびに被告敗訴の場合に予備的に保証を条件とする仮執行を免れる旨の宣言を求め、答弁として

「一、請求原因第一項の事実は認める。二、同第二項中、原被告間に賃貸借関係があったこと、原告が被告に対し賃貸借の解除を書面で通知したことは認めるが、その余の事実は否認する。右解除については後述のように被告には債務不履行はなく、また何ら催告がなされずにされたものであるから右解除通知は無効である。

本件土地は相当部分がもと農地(畑)であったため、年貢として地代を支払っていた。支払時期は明確に定められず、当初から年末もしくは年始に支払うことが慣行となっていた。もっとも原告が被告方に至り右期限前に一部支払を要請したときはこれに応じたことはあった。地代は原告が被告方に年末に徴収に来宅し、支払をしていたが、来宅しない時は原告先代齢市の妻である訴外福永テル方に持参支払をしていた。

地代は昭和三三年分から月金五〇円値上げし、月額五五〇円、年額にして七一五〇円になったものである。

三、同第三項中、被告が原告主張の塀および建物を築造したことは認める。被告が仮処分に違反したこと信義則に反する行為に出たことは否認する。仮処分に反する行為をしたのは被告の息子の訴外岩本博文である。

しかし、本件賃貸借には増改築禁止の特約はなく、却って原告先代は昭和一九年二月被告に対し、被告がいかなる建物を建築しようと異議はいわないことを約している。

したがって増改築は自由であって何ら信義則に反しない。」

抗弁として、

「被告の妻コマサは昭和三六年一二月三一日原告の代理人である訴外福永テルに対し昭和三五年一二月から昭和三六年一二月までの賃料金七一五〇円を支払った。しかるにその直後に原告が同所に至り、「今後、月額金六〇〇円の割合とするから、その額では受取れない」といって返却した。コマサは「それでは直ちに引返し、その不足分を持参する」といったが拒絶された。それで御用始めの昭和三七年一月四日現金書留郵便にて原告指示の月額六〇〇円の計算で金七八〇〇円を送金したが、原告から受領拒絶の符箋をつけ返送され、右は同月七日到達した。

そこで被告は同月一〇日岡山地方法務局倉敷出張所に弁済供託した。

なお昭和三五年一二月分は昭和三六年四月七日に、昭和三五年一一月迄の分として金八〇〇〇円を支払った際、特に異議はなく、その年末にまとめて支払うことを承認していた。

したがって昭和三六年一二月三一日において、昭和三六年までの地代の支払の現実の提供をしたのであり、かりにそれまでに月額六〇〇円とする旨の意思表示があったとしても、右の現実の提供をした際、直ちに追加持参すべきことを申出で、かつ現金送金、弁済供託をしている事実からして、被告に遅滞はない。

よって契約解除の意思表示は無効である。」と述べた。〈証拠省略〉。

理由

一、原告が別紙第一目録記載の土地(以下本件土地という)を所有し、被告が右土地上に別紙第二目録記載の建物、ブロック塀およびトタン板塀を所有すること、原被告間には本件土地の賃貸借関係があったが、原告が昭和三七年一月一日被告に到達の内容証明郵便で右賃貸借を解除する旨を通知したことは当事者間に争いがない。

二、〈省略〉

三、次に、被告に信義則に反する行為があったとしての解除について判断する。

原告代理人訴外裾分正重が右理由にもとづく賃貸借の解除の通知を昭和四三年一〇月二六日の本件口頭弁論期日において、被告代理人訴外佐々木祿郎に対してしたことは記録上明らかである。

〈証拠〉によれば原告は前項で判断した解除通知によって賃貸借が終了したとの前提に立って、被告を債務者として、本件土地上に塀、車庫、その他の新建築の続行の禁止の仮処分を申請し、当裁判所から昭和三八年一一月二〇日これを認める旨の仮処分決定を得たこと(当庁昭和三八年(ヨ)第四七号不動産仮処分申請事件)同年一一月二六日右決定が執行されたこと、これに対し被告は異議を述べたが(当庁昭和三九年(モ)第一四号不動産仮処分異議事件)昭和三九年八月一八日言渡の判決により、右仮処分決定は認可され、これに対し被告は控訴したが(広島高等裁判所岡山支部昭和三九年(ネ)第一五二号不動産仮処分異議控訴事件)、昭和四一年三月一八日言渡の判決により控訴棄却となったこと。ところで被告は別紙第二目録第七号の家屋を右決定に違反し、改造中のところ、昭和四一年三月一日に当庁の執行吏訴外鶴井昭志から中止を命ぜられこれを承諾し、しかも被告の代理人である弁護士の訴外佐々木祿郎から工事は中止した方が良いとの忠告を受けたにも拘らず、工事を進行し、美容院に改造工事をしたことが認められる。

被告本人尋問の結果(三回)中には仮処分に反したことについては被告は関知せず被告の息子の訴外岩本博文であるとの供述があるが、前掲証拠と対比して措信し難い。かりに現実の行為者が岩本博文であったとしても、本件土地の賃借人かつ、その地上建物の所有者は被告であり、岩本博文と被告とは親子であることを考えると、被告が知らなかったとはいえないことは明白である。

被告は、かりに右行為が被告の責に帰すべきものとしても、借地上の建築は自由とするとの特約があるから、何ら違法な行為ではないという。

ところで〈証拠〉によると、昭和一九年二月ころ、被告は原告の代理人である三宅齢市に対し、本件土地中の現況畑部分についても家を建てて良いとの了承を求めその了承を得たことが認められる。これに反する原告本人尋問の結果は前出甲第七号証の記載および前掲証拠と対比して措信しない。右事実からすると、被告が本件土地上に家を建築すること自体は何ら差支えない行為といわねばならない。

しかしながら、一旦仮処分決定がなされ、その効力が当事者間の法律関係を形成している場合にあっては、右仮処分決定に従わなければならないことはいうまでもない。

そうだとすると、右仮処分に違反した行為は、さきに認定したところの賃料の支払が遅れ勝ちであったことをも考え合わせると、契約ないしは規則を守るという面において賃貸借の当事者間の信義則にいちじるしく反したものといわねばならず、これを理由とする本件賃貸借の解除は有効である。

四、そうすると、右解除後被告は本件土地上に何らの権限なくして、原告主張の建物や建造物を所有して右土地上を占有していることとなるから、右建物等を収去して、本件土地の明渡および解除の日の翌日の昭和四三年一〇月二七日から明渡ずみに至るまでの遅延損害金を求める原告の請求は理由がある。(なお原告は請求の趣旨には、その他一切の建造物の収去を求めているが、その他一切の建造物と表示するのは特定を欠くので、これを省略した)

五、ところで遅延損害金の額であるが、これは通常の賃料相当額と考えられる。

鑑定人谷山克已の鑑定の結果によれば、昭和四三年一〇月ころの本件土地の時価は控え目に見積っても金三〇〇万円とみられるところ、その借地権割合を二分の一とし、これらの利益率を年四分としてその利廻りを計算すると月額金五〇〇〇円の数値がえられる。これは今までの賃料が月額六〇〇円であったのとを比較すると、八倍強の金額となるが新たな賃貸借をすれば右程度の地代を十分にあげうるものと考えられるから、これを相当賃料と認める。原告の主張中右金額をこえる額は、過大にすぎ採用できない。(なお昭和三七年一月から右解除の日までの賃料の請求を予備的に主張しているものとみるべきか問題があるが、明示の主張がないから主張なきものとして判断する。かりに主張しても、被告の供託により、認容できない)

六、よって訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条第九二条を適用し、仮執行の宣言は適当でないので付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 浅田潤一)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例